ARASHI BLAST in Hawaii

 

BLASTを観た

 

私にとってBLASTを観るということは、楽しみに待っていたというよりも、今まで応援してきた分を一度リセットするような、もやもやしていた気持ちを晴らすためのものだった。

 

そもそも、去年ヲタ活はしていたものの、お祝いすべき15周年にイマイチ気持ちがついていかなくて、何より受け入れがたかったBLASTは、WSはもちろん、バラエティも観なかった。(ビューイングはもってのほか!)

 

最近やっと諸々飲み込むことが出来てきたから、意を決してBLASTに挑んだ。

 

ハワイの思い出の共有なんて出来ないし、虚しくなるだけかと思っていたけど、違った。

 

行ってもない、観てもない私がなぜか涙ぐんでいたし、気づいたら一緒に振り返っていた。

 

バカみたいに「ARASHIC」を聴いてた当時小学生の私も、同じ曲を歌うのに中学生ながら歌番組を録画しまくった私も、それぞれの曲ごとに思い出がフラッシュバックしてきて、「ああ、私は本当に人生の半分くらいを嵐と共に過ごしていたんだな」と何度も感じていた。

 

純粋にただ好きな気持ちだけで、聴いていた頃が懐かしかった。(時の流れもあるけれど)

 

まさかそんな気持ちを、行ってもないBLASTで感じるとは思っていなくて自分で驚いたけど、嵐を好きになってからの約10年分を、当初の目的だったリセットではなく、思い出として大事にしまえた気がした。

 

気づかないうちに変わっていった彼らに追いつけなくて、受け止められなくて、だからお祝いも出来なかったけど、BLASTを観たことで、私の中の、何だか分からないもやもやが消化できたのかもしれない。

 

 

どうして消化できたのか。

 

5人がすごく楽しそうで、心から楽しんでいたからだと思う。

 

「僕の人生、100万倍楽しくなりました」

 

"嵐で良かった"はもう何度も聞いた。

でも、本人の口から"嵐が楽しい"と聞くことは、私の中であまり印象深くはなく、

 

「ファンのみんながいるから〜が出来る」

 

という言葉を聞くたびに私は、「それが本当にやりたいことなの?本意でやっているの?」と感じることも少なくなかった。

 

だから、本人の口から楽しいという言葉が聞けたときは、謎の安堵感と、嬉しさでいっぱいだった。

 

 

ハワイでライブなんて、お金の無い学生の私にとっては現実的ではなかったし、事務所が話題集めで決めているんじゃないのかと卑屈なことを思っていたけれど、ハワイにいた彼らはとても楽しんでいて、キラキラしていた。もう、それだけで良かった。嬉しそうな顔が観れただけで良かった。

 

私のもやもやは、5人の笑顔と言葉でカンタンに晴れていった。

 

 

正直、去年は応援したいという気持ちが欠けてしまっていたけど、BLASTを観て、これからは5人が楽しんでいるのを応援したいと思うようになった。

 

5人がまた何かの機会で「嵐でいて楽しい」と言えるように応援していきたい。

 

そしていつか、それを生で聞きたい。

 

彼らが嵐を楽しめるように、私も嵐を楽しんでいきたいし、好きでありたい。

 

 

 

あれだけ避けていた「ARASHI BLAST in Hawaii」は私にとっても、思い出深いライブとなった。

 

1年遅れだけど、心から15周年おめでとうと伝えたい。出会ってくれてありがとう。嵐になってくれてありがとう。