ともに駆け抜けて、同じ夢を見たい

 

嵐の活動休止発表がされてから、1ヶ月以上が経ちますが、嵐ファンのみなさまはいかがお過ごしでしょうか。

 

変わらず応援しているひと、前を向いているひと、悲しみに暮れているひと、モヤモヤしているひと。同じ嵐ファンという括りでも、それぞれ感じ方は様々。私も、未だ自分の気持ちが分からずにいます。上がったり下がったり忙しい。でも、嵐を好きなことには変わりなくて。

 

だから今自分がどう感じているか、これからどういうスタンスで応援したいのか改めて考えたいと思い、この長い長い独り言を書いています。

 

話は活動休止が発表された日に遡ります。私は外出していて、その事を知ったとき、「それって私が知ってる嵐のこと?」なんて、現実味がなくてよく分からない感情になりました。日本語も英語も通じない環境に一人で放り出され、周りから私だけ取り残されたような感じ。みんなが何を言ってるのか分からない…。

でも、FCで公開されたメッセージを読んで、段々と理解してきて、帰宅してから「うえーん」と声を出して泣きました。我ながら、「うえーん」って泣く人って本当にいたんだ、と少し引きました。

その日の夜は、気持ちの整理がつかず、嵐5人による会見も見れなくて、ただただFCのメッセージ動画を見て、涙を流すばかりでした。そして、その日からSNSはほぼ全てシャットアウトして、彼ら以外の言葉を目にしないようにしました。

次の日のWSは、個人的に信頼できる発言をする人が出演しているWSだけを録画し、会見を見てまた涙。私は、5人の言葉を受け取ることと、涙を流すことしか出来ませんでした。でも、桝アナウンサー、風間くん、青木アナウンサーたちの温かい言葉が嬉しくて励まされました。

そしてふと自分は何に対して泣いているんだろうと考えました。大好きな嵐が活動休止すること?智くんが2020年で嵐の活動を終えたいと思っていたこと?話し合いが2017年から水面下で行われていたこと?嵐が会見で自分たちの考えを1つも間違えずに伝えようとしている姿?彼ら自身が5人で嵐だということを大切にしている様子?誠実にファンと向き合ってくれていること?

多分すべて。今文字に起こしているからこそ分かるけれど、多分これら全てを思い、私は涙を流していたんだと思います。ただ、全然負の感情ではなくて、むしろ「5人でたくさん話し合ってくれてありがとう〜5人で会見してくれてありがとう〜誤解されないように言葉を選んでくれてありがとう〜」と、大雑把に言えば感謝の気持ちでいっぱいでした。それから、ZEROでの櫻井くんの「嵐は復活しますよ」という言葉にまた涙し、勇気づけられ、1週間くらいかけて彼らの言葉を飲み込み、嵐ファンの友人と気持ちを共有したりしました。最終的には、私には5人の言葉を信じることと、5人にお金を使うことしか出来ない、だったら1秒も惜しまず嵐を見て、笑ったり泣いたりしながら2年間過ごそう!という結論に至りました。今思うと面白いくらいに、すっごい前向き。

そのあとは、嵐から少し離れてた高校時代に買っていなかった通常盤のCDを回収しに行ったり(少し離れてても初回盤は買っていた高校生の私を褒めたい)、ジャニショで買ってなかったぶんの写真をたくさん買ったり、特別なことではないけど、今出来ることは充分にしておこうと思ってヲタクライフを送ってきました。

 

ここまでは、すごいポジティブ。ハッピーなヲタクライフを満喫していました。

でも、発表から1ヶ月以上が経って、最近思ったことがあります。それは、私は、嵐の活動休止後、この大きすぎる愛をどこへぶつけたら良いんだろう、ということです。週に2回、5人を見ることができるVS嵐嵐にしやがれが無くなったら、何に癒しを求めたらいいんだろう。テレビ欄からこの2つの番組名が消えることを想像すると、襲ってくる虚無感…。そして今さらそれに気づく、以前の私の能天気さ…。それからというもの、最近は、VS嵐嵐にしやがれを見ると「いつかくる終わり」を考えてしまうようになりました。勝手に脳内で最終回を再生している。さすがにもう涙は溢れませんが、活動休止後を思うとすかさずやってくる虚無感に戸惑っています。

 

だから思ったんです。あ〜私はこういう気持ちにならないように蓋をしていただけなんだな、と。これから訪れる悲しみを先延ばしにして、2年後に感じたら良いかななんて。今はまだ、今までのように活動している彼らを、今まで通り楽しく応援していたい。今はまだ、「いつかくる終わり」は考えたくない。勝手にもう前を向いているつもりでいたけど、私はただ「いつかくる終わり」はいつか考えればいいって蓋をしていただけでした。

 

なんだそれ、もうちょっと早く気づけよ。

 

「いつかくる終わり」と書きましたが、「終わり」ではないと頭では分かってるんです。嵐はお休みをするだけで、これからも続いていく。嵐は終わらない。希望も交えたうえで、嵐は終わらないって分かってるんです。でも、現実としてはきっと一旦終わってしまうじゃないですか。5人が揃うバラエティ・音楽番組も、コンスタントに発売されていたCD・DVDも、ライブツアーも、毎年のように飾っていた年末の雑誌の表紙も、ぜんぶ一旦見られなくなる。この未来を想像すると全然想像できなくて、不安になるんです。人生の半分くらいは嵐とともにあったので、それがなくなってしまうことが未知すぎる。一言で言えば、さみしい。一旦終わるまでのカウントダウンなんてしたくない。この大きい愛はどこへぶつけたら良いの?だけど、そういった気持ち以上に、嵐5人の考えは尊重したい。こんな矛盾した考えが私の頭の中ではごちゃごちゃになっています。だから今こうやって、自分の気持ちを整理しているんだけど。

 

嵐の決断を責める気持ちは少しもありません。(本当は責めるなんて言葉も使いたくない)むしろ、辞めるという結論に至らなかったことに感謝したい。「5人で嵐」を大切にしていることに感謝したい。それに、やっぱり5人が楽しく幸せでいてくれたら、私も幸せなんです。年に一度のライブが全然当たらなくても、5人が「嵐で良かった」なんて言ってくれたら、私も「嵐が好きで良かった」って思っちゃう。ちょろいヲタクなんです。だから5人が少しでも楽しく嵐を出来ないなら、お休みをするのが一番の選択なんだと、自分の中で納得しているつもりです。嵐が幸せでいてくれたら私も幸せ。

 

そう考えると、これからの応援スタンスは今までと変わらないんじゃないか、という結論に至ります。嵐が嵐をやめるという選択肢が無かったように、私も応援をやめる、という選択肢は今のところありません。結局のところ、嵐5人が楽しく活動できるように私も応援していきたい。今の嵐を応援できるのは今しかないから。もしかしたら、活動休止後、嵐5人を見ることが出来なくなった今までと違う現実にさみしくてさみしくて、また泣いてしまうかもしれない。でも、それでも良いかな、と思うんです。忘れることは出来ないし。だから、悲しんだぶん、いつか戻ってきたときに、今まで以上の幸せが嵐にも、私たちにも訪れてほしい。そのために、活動休止後も、好きという気持ちを大切にして、応援し続けることが、今の私の理想です。だから今は、「いつかくる終わり」への自分のさみしいという気持ちを否定せず、上手く付き合っていこうと思っています。ともに駆け抜けて、同じ夢を見るために。そうなってくるとやっぱり、前向きマンだった私の「私には5人の言葉を信じることと、5人にお金を使うことしか出来ない、だったら1秒も惜しまずに嵐を見て、笑ったり泣いたりしながら、2年間過ごそう!」という考えに落ち着くのでしょうか。こんなにたくさんモヤモヤ考えたけど、たどり着いた答えは変わらないのかもしれません(笑)

 

さて、久しぶりに長くて重たい独り言を書きました。複雑な感情を文字にするって、やっぱり少し疲れる…(笑)話が逸れたりもしたけれど、今の自分の思っていること、これからのことを自分なりに考えられたと思います。もし、最後まで読んでくれた方がいたら、感謝申し上げます。